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『サピエンス全史』『21 Lessons』のユヴァル・ノア・ハラリが、ポストコロナの時代を予知した予言書 『緊急提言 パンデミック: 寄稿とインタビュー』 レビュー

 

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緊急提言 パンデミック: 寄稿とインタビュー ユヴァル・ノア・ハラリ著  柴田裕之訳

河出書房新社

発売日:2020/10/7 ジャンル:哲学 国:日本

 

内容

『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』など、著作累計が世界2,750万部突破した世界的歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が、コロナ禍について発信した寄稿・インタビューを日本オリジナル編集の書籍として刊行。

われわれはいま、歴史の転換点に立っている!
“知の巨人"が世界的危機の中で発した全人類へのメッセージ!
本当は何が起きているのか、コロナ後をいかに生きるべきか?

 

レビュー

2020年もあと残すところ、十日と数日になりました。

今年は激動の年でした。新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界中でパンデミックを引き起こすと、たった一年の間に、既存の価値観が崩壊し、新しい常識が作り出されました。

ここまで目まぐるしく世界の姿が変わると、こう思わずにはいられません。「もしかしたら、我々は今、時代の変換点を生きているのではないか?」と。

私は、ポストコロナの時代がどのような姿になるのか、とても気になっていました。新型コロナウイルスについてのニュースを見ない日は無いし、書店に行ってもコロナに関する書籍が棚の上に積まれているのをよく見かけます。しかし、ポストコロナの世界がどうなっているかについて論じている本はあまりないような気がします。今を生きていくのが精一杯で、とても未来の事など考えられない方も多いでしょうから、それも仕方ない事だとは思いますが。

そんな折、本作に出会いました。しかも本作を書いたのは、『サピエンス全史』や『21st Lessons』で、鋭い慧眼を示してくれたユヴァル・ノア・ハラリではありませんか。これは渡りに船だと思った自分は、本作を読むのを即決しました。

 

ユヴァル・ノア・ハラリは、現在は歴史の大きな変換点であると主張します。私が浮かべた疑問は正しかった訳です。そして、ハラリは今後の世界の在り方を予測し、語りだします。

ハラリ曰く、今後は民主主義を採用している国家であっても、まるで『1984年』のような管理社会になってしまう危険性を孕んでいると警鐘を鳴らします。管理か、安全か。その二択を大衆の前に示せば、殆どの大衆は管理される事を望むというのです。政府が国民を統制し易くなれば、今回のコロナ禍で行われたような緊急事態宣言も行いやすくなる訳ですから。

そんなバカな、と私はその時は思いました。しかしよくよく考えてみれば、2001年9月11日のアメリ同時多発テロが起こった後、アメリカ国民は愛国者法の成立を支持しました。成程、ハラリの主張はあながち筋違いでも無い訳です。現在の日本でも、ロックダウンを行える特措法の制定が、強く望まれています。

ハラリはさらに、これからはスマートフォン等の最新テクノロジー機器に生体センサーのようなものが付随し、思想や感情までもが国家がによって統制されるようになる可能性があると示唆します。まるでB級SF映画のような世界ですが、現在の科学力では十分に可能なのだとハラリは言うのです。

ここまででも相当に恐ろしい話しですが、まだ終わりません。ハラリはさらに、今後世界は益々自国第一主義に走りだす可能性があると言うのです。

確かに急速に広がったグローバル化のせいで、世界的なパンデミックが起こってしまった事については否定のしようがありません。しかし、殆どの国が自国第一主義を採用してしまったらどうなるのか。例えば再び今回のような世界的なパンデミックが発生したと仮定したら、自国で作ったワクチンは、他国には輸出しないという決断を、自国第一主義を掲げている国家の首脳陣は下してしまうかもしれません。というよりそれ以前に、世界的な規範が無くなって、各々の国家が勝手に行動し始めたらどうなるかなんて事は、小学生にだって分かる事でしょう。どう考えたって待ち受けているのは破滅だけです。

しかし、将来的に…いや、もうすでに「グローバル化のせいでコロナウイルスパンデミックが発生した」といった感じの論調が、大衆の間では出始めています。そんな時に大衆の民意につけ込んだポピュリストが政界への進出を決めれば、危険極まりない人物が国のトップになってしまうかもしれません。本当に恐ろしい話しです。

ハラリは、グローバル化ナショナリズムは決して矛盾するものでは無いと主張します。私もハラリと同意見ですし、実際殆どの有識者はそのように考えていると思います。しかし今日では、反エリート主義、反知性主義が蔓延しています。これは個人の力が強くなってしまったが故の弊害だと思います。民主主義という制度の下では、たとえ偉大な知識人であっても、政治家に対して一票だけしか投票する事は出来ないのです。そして自分の頭で考えるよりも、安易な差別主義に走ってしまった方が余程楽です。「自分が上手くいかないのは、誰かのせい、或いは社会のせいだ」と考えれば、自己を正当化し、自己研鑽を積む必要もなくなる訳ですから。

正直言って、本作を読んでも未来に対して明るい展望が持てるとは思えないので、既に気分が落ち込んでいる人が本作を読めば、さらに落ち込む事になってしまうかもしれません。しかし、当たり前と言えば当たり前の話しですが、現実を直視する事が出来なければ、状況を好転させる事は出来ないのです。偉大な哲学者が書いた本作を読めば、きっと何か新しい気付きが得られると思います。是非読んでみて下さい。